武道・武術を稽古していると、「呼吸」が大切ということを良く言います。
道場に入門すると、先生や先輩から「息が止まっているよ」とか「呼吸に合わせて動いて」と言われることがありますが、初心者の内は「?」の状態です。
そこで、当記事では、武道や武術の初心者の方に向けてまずは知っておくべき「呼吸法」についてその種類を解説いたします。当記事を読むことで、「呼吸法」の全体像についてイメージを持ち、今後のご自身の稽古に役立てて頂くことができると思います。
当サイトの管理人は、皇光道柔術という武道流派の師範であり、博武会という道場を主宰しています。また、パーソナルトレーナーとしてこれまでに15年以上で延べ1万件以上の個人セッションを行ってきた経験があります。それらを基に、伝統武道・武術初心者の方に向けて、自分自身が初心者の頃に知りたかったことを紹介・解説しています。
なお、当記事の内容は、私の道場の門下生の方向けの説明を、一般の方向けに公開したものであり、あくまでも当方の見解です。よって、既に武道や武術の団体に所属している方は、当記事の内容はあくまで参考程度にし、ご自身の所属団体や先生のご見解に従って失礼の無いようにお願いいたします。
呼吸法の意味
一般に、呼吸法を練習することは、心肺機能を強化し、酸素供給・二酸化炭素排出能力の向上、血液の循環能力の向上により、身体を強くしてエネルギーを高める効果があります。
そのうえで、武道・武術においては以下のような意味があります。
武道・武術の稽古は、普段無意識に行っている身体運動を意識的に修正し、武道・武術の実用に耐えうるように作り変えていくという側面があります。
そして、呼吸は、生命維持の為にほぼ無意識に行われている身体運動の代表です。
よって、無意識に行っている呼吸を意識的に修正し、実用に耐えうるようにするために、呼吸を意識化する練習、つまり、「呼吸法」を知って練習することが有効となります。
呼吸法の種類
基本の呼吸法には「胸式呼吸」「腹式呼吸」「逆腹式呼吸」の3種類があり、初心者の方はこれらをしっかり練習することが大切です。しかし、これらは、そのままでは武道・武術の実践の現場では使うことが難しいです。
そこで、応用の呼吸法として「体幹呼吸」「逆体幹呼吸」の2種類、実践的な呼吸法として「体内呼吸」があります(※)。
その他、「身体感覚を利用した呼吸法」もあります。
※ここで紹介している3種類の名称は、当方による便宜上の造語です。他団体、他流派では違う名称で伝承されていると思います
基本の呼吸法
胸式呼吸
定義と解説
胸式呼吸とは、呼吸をする時に胸部が動く呼吸法です。
息を吸う時に胸部(背中側も含めて)が膨らみ、吐く時に縮まることが特徴です。この胸部の膨らみと縮まりは、空気が肺に出入りし膨張・縮小することと連動して肋骨が動くことによって起こります。
武道・武術に役立てるという意味では、胸部の呼吸筋群及び神経系に満遍なく刺激を与えられること、それによって、胸郭全体の稼働性を高めること、呼吸が導く体幹部主導の動きを身に着けることなど多様な意味があります。
練習方法
- 息を吸う時に腹部全体を膨らませ、息を吐く時に腹部全体を縮ませる
- 呼吸秒数は5秒で吸って5秒で吐くからはじめ、慣れてきたら5の倍数(10秒、15秒、20秒・・)で増やしていくと良い
- 初めの内は、吸う時に背中を反らせて吐く時に背中を軽く丸めるようにすると感覚をつかみやすい。慣れてきたら胸部の膨張・収縮のみとする
- 初心者は一日5分位から始めると良い
腹式呼吸(順腹式呼吸)
定義と解説
腹式呼吸とは、呼吸をする時に腹部(腰側も含めて)が動く呼吸法です。一般的に「腹式呼吸」の名称が使われていますが、後述する「逆腹式呼吸」との対比から、「順腹式呼吸」と呼ぶこともあります。
息を吸う時に腹部 (腰側も含めて) が膨らみ、吐く時に縮まることが特徴です。 この腹部の膨らみと縮まりは、空気が肺に出入りし膨張・縮小することと連動して横隔膜が上下に動くことによって起こります。
武道・武術に役立てるという意味では、腹圧を高める筋肉群を鍛えること、それによって、全身の重心を安定させること、自律神経を副交感神経優位に導くことなど多様な意味があります。
練習方法
- 息を吸う時に腹部全体を膨らませ、息を吐く時に腹部全体を縮ませる
- 呼吸秒数は5秒で吸って5秒で吐くからはじめ、慣れてきたら5の倍数(10秒、15秒、20秒・・)で増やしていくと良い
- 初めの内は、吸う時に腰を丸め、吐く時に腰を軽く反らせるようにすると感覚をつかみやすい。慣れてきたら腹部の膨張・収縮のみとする
- 初心者は一日5分位から始めると良い
逆腹式呼吸
逆腹式呼吸とは、前述した腹式呼吸と同じく、呼吸をする時に腹部(腰側も含めて)が動く呼吸法です。
息を吸う時に腹部 (腰側も含めて) が縮まり、吐く時に膨らむことが特徴です。 この腹部の膨らみと縮まりは、空気が肺に出入りし膨張と縮小することと連動して、横隔膜が上下に動くことによって起こります。
武道・武術に役立てるという意味では、急激な腹圧の高まりによる全身の安定の効果があります。
急激に血圧が上がる呼吸法であるため、やり過ぎると健康を害する恐れがあるので注意が必要です。
練習方法
- 息を吸う時に腹部全体を縮ませ、息を吐く時に腹部全体を膨らませる
- 呼吸秒数は5秒で吸って5秒で吐くからはじめ、慣れてきたら5の倍数(10秒、15秒、20秒・・)で増やしていくと良い
- 初めの内は、吸う時に腰を反らせ、吐く時に腰を軽く丸めるようにすると感覚をつかみやすい。慣れてきたら腹部の膨張・収縮のみとする
- 初心者は一日5分位から始めると良い
応用の呼吸法
体幹呼吸
体幹呼吸とは、呼吸をする時に胸部も腹部も連動して動く呼吸で、腹式呼吸の応用です。
息を吸う時にまずは胸部 (背中側も含めて)から腹部(腰側も含めて)の順で膨らみ、吐く時に腹部から胸部の順で縮むことが特徴です。
練習方法
- 息を吸う時に胸部→腹部の順番で一息で膨らませる。腹部を膨らませた時には胸部は若干縮まる。次に、息を吐く時に腹部→胸部の順番で縮ませる。
- 呼吸秒数は5秒で吸って5秒で吐くからはじめ、慣れてきたら5の倍数(10秒、15秒、20秒・・)で増やしていくと良い
- 基本の3種類の呼吸法をしっかり練習しているならば、胸部・腹部の膨張・収縮のみとする。但し、自然と体が前後するようならその自然な動きに従う
- 初心者は一日5分位から始めると良い
逆体幹呼吸
逆体幹呼吸とは、呼吸をする時に胸部も腹部も連動して動く呼吸で、逆腹式呼吸の応用です。
息を吸う時にまずは腹部 (腰側も含めて)から胸部(背中側も含めて)の順で膨らみ、吐く時に腹部から胸部の順で縮むことが特徴です。
上述した体幹呼吸とセットでこれらの呼吸法に習熟すると、呼吸に併せて背骨を中心とした体幹部を制御する感覚を養うことができます。
練習方法
- 息を吸う時に腹部→胸部の順番で一息で膨らませる。胸部を膨らませた時には腹部は若干縮まる。次に、息を吐く時に腹部→胸部の順番に一息で縮ませる。吐き切った時には、胸部は縮み、腹部は膨らむ。
- 呼吸秒数は5秒で吸って5秒で吐くからはじめ、慣れてきたら5の倍数(10秒、15秒、20秒・・)で増やしていくと良い
- 基本の3種類の呼吸法をしっかり練習しているならば、胸部・腹部の膨張・収縮のみとする。但し、自然と体が前後するようならその自然な動きに従う
- 初心者は一日5分位から始めると良い
実践的な呼吸法
体内呼吸
上記までの呼吸法は、あくまで呼吸そのものの練習法です。実際の闘争の現場で呼吸の動きが相手に見えることは死活問題となる為、実際に動きの中で使うことに応じた呼吸法が必要です。
それが「体内呼吸」です。これも当方の造語です。
上記までの呼吸法に十分精通すると、吸気・呼気を伴わなくても呼吸に伴う筋肉群・骨格群を自由に動かせるようになります。それができるようになると、外から客観的に動いていないように見えるのに、主観的には体の内部を動かしているだけの状態となります。それにより、実際の空気の出入りを伴わなくても、呼吸筋群を起点にした動きが出来るようになり、それが、武道・武術に役立つ呼吸法となっていきます。
練習方法
- 上述した5つの呼吸法を、息を吸う時も吐く時もなるべく体の表面に動きが表れないようにして行う
- 呼吸秒数は5秒で吸って5秒で吐くからはじめ、慣れてきたら5の倍数(10秒、15秒、20秒・・)で増やしていくと良い
- 初心者は一日5分位から始めると良い
身体感覚を利用した呼吸法
上述以外に、ある種の感覚を用いた呼吸法があります。その感覚とは、ずばり「気」の感覚です。
これは、経穴(ツボ)や身体部位の感覚を用いて行います。
経穴の感覚を用いるものとしては、腹部の関元(下丹田)、肛門の会陰、頭頂の百会、眉間の印堂(上丹田)、胸部の膻中(中丹田)、足裏の湧泉穴、手の平の労宮穴などが代表的なものです。
身体部位の感覚を用いるものとしては、目、耳、臍、毛穴などが代表的なものです。
ただし、気の感覚の取り扱い自体が初心者の方には難しいと思いますので、これは別の機会に解説いたします。
まとめ
- 呼吸法を練習することは、健康の為にも良いし、武道・武術にも役立つ
- 基本の呼吸法には、一般的に 「胸式呼吸」「腹式呼吸」「逆複式呼吸」 の3種類があり、初心者はこの3つをしっかり練習することが必要
- 応用の呼吸法には、「体幹呼吸」「逆体幹呼吸」があり、実践的な呼吸法には「体内呼吸」がある(但し、一般用語ではない)
- 「体内呼吸」まで進むとようやく武道・武術の実践に即したものとなる
- その他、「身体の感覚を用いた」呼吸法もある